GLORY DAYS

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15年戦争

1931年9月18日、関東軍の参謀・石原莞爾は柳条湖で南満州鉄道を爆破し、
これを中国軍のしわざとして軍事行動を起こした。(満州事変)
この事態に第2次若槻礼次郎内閣は不拡大方針を決めていたが、関東軍はこの決定を無視して、占領地を拡大した。一方、中国の国民政府はこれを日本の計画的侵略であるとして国際連盟に提訴した。これに対して関東軍は1932年3月、清国最後の皇帝・溥儀(ふぎ)を執政にして「満州国」の建国を宣言した。

満州国の建国を巡り、1933年リットン調査団の勧告により、満州国からの撤退を求められたが
日本はこれを拒否し、同年3月、正式に国際連盟から脱退した。
また、1936年にはワシントン海軍軍縮条約、ロンドン海軍軍縮条約から脱退した。
こうして日本は国際的に孤立することになった。

陸軍では天皇を中心に国民を精神的に統合して「昭和維新」を目指す皇道派と、
官僚や財界と協調して合法的に国家統制を目指す統制派が対立していた。
1936年2月26日、皇道派の青年将校が約1400名の下士官・兵士を率いて、蔵相・高橋是清や内大臣・斎藤実らを殺害し、首相官邸や国会議事堂を占拠したが、反乱軍として鎮圧され、
国家改造・軍部政権樹立を目指すクーデタは失敗に終わった。(2・26事件)

軍の主導権を握った統制派は、この事件後に成立した広田弘毅内閣の人事に干渉するようになった。広田内閣は軍部大臣現役武官制を復活させ、軍備を拡張するなど、戦時体制を整えていった。しかし、国家改造に着手しない政府に不満を唱える軍と、軍備拡張が国際収支の悪化をもたらしたと非難する政党との双方の反発で1937年1月に総辞職した。
後任の組閣の大命(天皇の命令)は陸軍穏健派の宇垣一成に下ったが、軍部は宇垣に反対して陸相を推挙せず、宇垣内閣は不成立に終わった。
結局、林銑十郎内閣が成立し、軍部と財界の協力体制を作り上げたが総選挙で大敗し、
6月には近衛文麿が内閣を組織した。

近衛内閣成立直後に発生した盧溝橋事件で、政府は当初戦争不拡大の方針をとったが、軍部強硬派の圧力もあり、方針を変更して兵力増派を決定した。1938年1月には「国民政府を相手とせず」と声明を発表し、和平交渉の道を閉ざしてしまった。

準戦時体制の長期化に伴い、自由主義的思想の弾圧もいちだんと厳しくなり、内閣の強化、
政治勢力の一元化、全国民の協力体制の確立などの必要が主張されるようになった。
そして国民精神総動員運動が展開され、産業報国会が工場や鉱山などで結成された。
1938年4月には、政府が議会の承認なしに勅令(ちょくれい:天皇の命令)で物資・物価・労働力・賃金・資金・出版などを軍需のために優先させて独占的に運用・統制できる国家総動員法が制定された。
1939年には一般国民を軍需工場に動員する国民徴用令も制定された。

1940年6月、近江文麿首相はナチス・ドイツのように「一国一党」的で親軍的な新しい政党を組織することを目指し(新体制運動)、10月には大政翼賛会を組織した。
このため、これまで存在していた政党が非合法とされ、解散させられた。

1941年、第2次近衛内閣は悪化しつつあったアメリカとの関係を調整するため日米交渉を開始した。交渉は難航し、10月上旬を迎え近衛首相は日米交渉の妥協点の一つである中国からの撤兵に反対する陸相・東条英機と対立し、総辞職し、かわって東条内閣が成立した。
12月8日、ハワイの真珠湾を奇襲攻撃し、アメリカ、イギリスに対して宣戦布告し太平洋戦争が開始された。

1942年4月、東条内閣が翼賛選挙を実施した結果、政府の援助を受けた推薦候補が絶対多数を獲得し、当選議員のほとんどを含む唯一の政治結社として翼賛政治会が結成されたが、
議会はごく少数の反対派を除き、政府つまり軍部の提案に賛成する機関となった。

1942年6月にミッドウェー海戦の大敗北を転機として、戦局は次第に不利に転じ、
この年後半からはアメリカの本格的反抗が開始された。

1943年には理工系・教員養成系以外の学生の徴兵猶予も停止された。(学徒出陣)
13万人が戦地へ赴き、1割以上は戦死した。

1944年、日本の「絶対国防圏」であるサイパン島が、アメリカ軍に占領された。
この敗北がきっかけで7月に東条内閣は総辞職した。
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