GLORY DAYS

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11月28日、12月1日 日本における統治体制の変革

自分で選択する政治と生活
冷戦と占領政策の転換

占領後期:1948年~1952年4月28日
再軍備など逆コース政策(占領の遺産)

占領前期:1945年~1948年
侵略を行った軍隊と機構を解体。
(侵略に向かわせた構造的なものを国民生活のあり方から変える)

前期と後期の政策は対立関係にある。

1.東西冷戦ーアメリカの覇権の形成と体制間の相克
 ①ヨーロッパの冷戦
 ギリシア、トルコの内戦:冷戦の出発点
 →ドミノ理論(=将来的にはアメリカの世界戦略に重要な地域まで全体主義に取られる)
 中東の油田地帯が社会主義圏になるのは不都合

 1947年3月のトルーマン・ドクトリンで冷戦の宣言。内戦への米国の介入。
 
 1948年4月1日 ベルリン封鎖
 1949年5月12日 封鎖解除
 1989年11月9日 ベルリンの壁崩壊

 ②アジアの冷戦→対日政策の転換
  1948年1月 ロイヤル陸軍長官の演説:「日本を共産主義に対する防壁に」

  アメリカが対日政策の際に想定していたのは、蒋介石(国民党)の中国であり
  毛沢東(共産党)の中国ではなかった。

  1946年に中国国内で内戦が再開され、1949年10月に中華人民共和国設立されたのを機に、アメリカはアジアの拠点を日本におくことを決定した。

  朝鮮半島でも1950年6月25日に朝鮮戦争が勃発した。
  
  朝鮮戦争が始まると、武器・車両の修理や弾薬の製造を中心とした特別需要が米軍から興った。
  これを特需景気といい、鉱工業生産は1950年代初めには戦前の水準に回復した。
  また、GHQの指令で警察予備隊が新設され、1952年には保安隊に改組された後、1954年の日米相互防衛援助協定により7月に自衛隊が発足した。
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