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関川夏央:『海峡を越えたホームラン』(あとがき)より抜粋

以下、全て引用。ただし改行は編集者による。
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 現在、在日コリアンの九割以上が日本生まれ日本育ちである。
そして現実には誰もが「祖国」を重要視していない。
理念に埋没していては日々の生活は営めないのである。
 在日コリアンは現代日本文化の重要な構成要素である。
彼らには帰る国などなく、日本社会に暮らしつづけるのである。当然そうして欲しいのである。
だから私はかりに「よき在日コリアンたれ」とはいえても、
「よき韓国人たれ」などというフィクションはとうてい口にできない。
(中略)
 さらに今日「国際化」といえば聞こえはいいが、
外国人の労働市場流入は一定水準を保って継続している。
それら外国人は、いまだ世代を重ねて定着する傾向を見せてはいないが、
すでに在日コリアンという独特のステイタスが、
それ以外の国・地域からの長期労働者、長期就学者に不平等感をもたらしている。
つまり「在日」それ自体が新たな差別の苗床となる可能性を持ちはじめたということだ。

『海峡を越えたホームラン』で私は、田中明氏いうところの
「運命に流される人間としては決して振舞っていない」在日コリアンの青年たち、
「心労でノイローゼ寸前になりながらも」「プロ選手としての意気地を失わず、
 職能人として技術の伝授などについては使命感を持ち、おのれを貫こうとしている」
「主体的在日コリアン」の姿を描いた。
繰り返すが、それは在日コリアンの新しい動きなどでは決してなく、
必然性に支えられた人間の生きかたの追認であった。
その事実を踏まえるとき、『由煕』のような強迫がいかに痛ましいものであるか、
同時にいかに現実離れしたものであるかが瞭然とするだろう。
私たちは彼らをフィクションによっておびやかしてはならず、
彼らはフィクションによっておびやかされてはならないのである。
(以下略)
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関川夏央:『海峡を越えたホームラン』双葉文庫
文庫改訂版へのあとがきにかえてより抜粋。
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コメント

フィクションの曲がり角

トラックバックありがとうございました。

>フィクション
「祖国」という言葉が実感を失いつつある、というのは、
その通りなのでしょうね。
他方、よしやフィクションであれ、「祖国」という言葉は、
ある種の約束事のようなものとして生きているようにも見えます。
(特に「朝鮮系」の人々についてはそう見えてしまいます)
このこともまた、在日コリアンの「いま」を表しているのかなぁ、
などと思ってます。

あと、実は、私が興味を抱いているのは、
在日コリアンの「在日」という言葉だったりします。
私はこの辺りの議論には全く詳しくないので、
ここからは直観的なコメントになるのをお許しください。
「在日コリアン」という言葉をそのまま受け取ると、
「日本にいるコリアン」となりますよね。
なので、これもまた「祖国」という言葉を維持せしめているのでは?
と思ってしまうのです。
もっとも、これに代わるアイデンティティ、
あるいはそのようなアイデンティティを創出する必要が出てくるには、
まだ時間がかかるでしょうが……

「在日」という響き

>ある種の約束事
朝鮮半島の統一、という点ではそういうものがあるかもしれません。
南北が統一されて一つの国にならない限り、
そこは(北であれ南であれ)本来の祖国ではないからです。
こと「祖国統一」に関しては、その他の場で使われる「祖国」と違い、
最も現実感を伴う面がある一方で果てしなく遠い夢と絶望を伴う、
時として非常に残酷な言葉だと思います。

>「在日」
私も、不思議な言葉だと思います。

朝鮮半島と日本の双方が、在日コリアンを特別視・異端視するために
出てきた言葉なのだと思いますが、
朝鮮半島と日本を巡る歴史的経緯を踏まえて考えると、
そこには、いつか戻ってくるだろう、いつか出て行くだろうという
思い込みのようなものが含まれている気がしてなりません。

>アイデンティティ
帰化してコリア系日本人として生きていけば、どうにかなるというものでもないでしょうね。
一個人としての心理的な面の問題もありますし。

  • 2008/01/05(土) 02:39:22 |
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アメリカ人監督が率いた多文化集団ファイターズの5年間から見えてくるもの。そこから、日本そのものが成りゆく姿と、すすむべき道が見えてきます。

  • 2008/01/04(金) 18:06:20 |
  • にわか日ハムファンのブログ

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